

香川大学 名誉教授
若林 利明
1957年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。工学博士。1986年より日本石油株式会社中央技術研究所で潤滑油の研究開発に従事。1989年から2年間、英国ケンブリッジ大学へ留学。1997年に香川大学へ移り、工学部(2018年に創造工学部へ改組)で2022年まで、機械加工のトライボロジー、トライボシステムと潤滑剤の環境対応、メンテナンス・トライボロジーなどの研究テーマに取り組む。2018、2019年度日本トライボロジー学会会長。現在はENEOS株式会社の技術コンサルタントも務める。
回転部をもつ機械に不可欠な軸受は、トライボ要素の代表であり、その損傷は回転機械の故障原因の大半を占めている。このため従来から、軸受の振動や温度、あるいは軸受内部から発生するアコースティック・エミッション(Acoustic emission、AE)などを測定し、異常を検出しようとする手法が、メンテナンステクノロジーの中で大切な役割を担ってきた1)。さらに機械には、円滑な運転の維持を目的に、さまざまな潤滑技術が駆使されており、軸受に用いられる潤滑油の性状変化や混入物の状況を調べる潤滑診断は、今日、メンテナンスの中核技術となっている2)。さらに最近では、そこに機械学習やAIを活用しようとする試みも進展している3)。
前回も述べたが、より効率的かつ経済的で安全な機械装置の運転を実現するため、プラントのメンテナンス方式の主流は時間基準保全(TBM)から状態基準保全(CBM)へと移行している。これを背景にメンテナンスの現場では、日々動作する各種機械の運転状態を適切に判断することの重要度が一段と増しており、回転機械においても、軸受の損傷を早期に検知し、異常を診断する手法の高度化と新しい技術の開発が求められている。そうした技術開発の動向に関しては整理してまとめられた解説もあり4~7)、詳しくはそちらを参照いただき、本稿では、軸受の異常診断技術について、トライボロジーの立場で筆者らが取り組んだ研究開発事例を中心に解説する。
AEと振動による複合センシング法
現時点で実用化されている軸受の異常診断技術としては、振動による状態監視の信頼性がもっとも高く、多くの解説書や事例がある8、9)。一方、早期の異常検出への可能性が期待されてきたAEによる軸受の状態監視については、実用上の課題の1つにAE信号とノイズとの識別がある。その課題克服のブレークスルーとすべく「異常診断のための複合センシング技術に関する共同研究委員会」が、AEと振動を単一のセンサで同時・同位置計測し、測定器でそれぞれを分離した上で、信号処理を行った後、診断に必要な情報を出力する複合情報診断システムを開発した10)。

図1 複合センサの内部構造
図1はAEと振動の複合センサの内部構造を示したもので、圧縮型の圧電式加速度センサの負荷質量を広帯域AEセンサ用のダンパ材に変えることで振動とAEの両方の信号を同時に検出し、1本のケーブルで送信できるようにしたものである。開発した複合センシングシステムは、この複合センサのほか、信号処理装置、パソコンならびに信号処理ソフトからなる。

図2 複合センサによる測定データ例
図2(a)は、単列深溝玉軸受(No. 6210)を使用し、垂直荷重は2.5tonとかなり厳しい設定にして、回転数1000rpm、軸受温度60±2℃、油潤滑の運転条件で行った軸受寿命試験において複合センサで得られたAE事象率(単位はcount/min)の時間に対する変化を表す傾向データである。この実験では、運転開始から72100分(約50日)経過した後、過大振動が生じて、寿命の判定基準とした鉛直方向の振動加速度が2Gを超え、軸受の寿命を迎えているが、この寿命のほぼ60%に相当する約45000分以降にAEの発生が増加しており、その時点で軸受にAEの頻発につながる何らかの損傷が起こったと推測される。ここで、40000分より前にも2000count/minを越えるようなAE事象率が多く計測されているが、これらは軸受が順調に稼働していると思われる状態で発生しており、ノイズに起因した信号と解釈できる。
この複合センサでは、振動も一緒に測定していることから、AEと振動の同時・同位置計測という特徴を活かし、図2(a)のAE事象率に振動加速度の測定データ生波形から求めた振幅密度関数の分散S2を乗じて両者の積を計算すると図2(b)のような結果が得られる。図2(a)に比べて(b)では、軸受の損傷との関連が低いと思われる試験前半のAE信号に関する成分が相対的に減少し、後半の損傷につながる可能性のある成分が強く抽出できている点が興味深い。このようなAEと振動を相関させた解析は、軸受の異常検出に有効と思われ、さらなる実用化への検討が期待される。
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