
アナログ映像信号の「すきま」
30年ほど前、テレビ(ビデオ)から出てくる幽霊がいました。つい先日、「最近あれが出てこないのは、原理的にアナログテレビ時代の技術だから対応できたのであって、いまは難しいのでは」、というような話題が流れてきました。技術的にはなるほど、思うとともに、いまでもやりようはあるかも。
いくつか提唱されていた説の中で、「垂直帰線区間にひそんだ」説が技術的にもっともらしいと思いました。その説明には、いまでは生産設備などには欠かせないカメラ類の、2000年過ぎくらいに画像処理が広がり始めたころの技術にさかのぼります。おそらく、皆さんも記憶の片隅にあったり、実際に触っていた、ビデオデッキやゲーム機をテレビにつなぐときの「黄色コネクタの線」です(赤と白はステレオ音声で今も見かけるが、黄色の線はすっかり見なくなった)。

図1 アナログ映像信号のコネクタ
あの黄色の線はアナログ映像信号で、日本ではNTSCという米国由来の規格の信号です。同心円状の(赤白と同じ)プラグは全部ひとまとめの信号で、少し大きめで(しばしば黒)4ピン接続の丸いコネクタはS端子と呼ばれ、明るさと色を分離して送る信号でした。
詳細の波形は「NTSC」で検索すると解説がたくさん見つかりますが、1秒間に約60回、テレビの画面を書くための直接的なアナログ信号がリアルタイムに流れています(音声信号がリアルタイムにスピーカを動かすように、その信号でほぼ直接画面を描いていた)。それゆえ、テレビがどういう原理だったかも知る必要があります。

図2 テレビとオシロのCRTイメージ、左右の波形はビームを振るための信号
今の液晶などのように薄型になる前のテレビは奥行きのある、多少(わりと)湾曲したガラス面のある体積的に大きく重いものでした。オシロスコープなどの面を表示する計器類もそうです(図2)。これはブラウン管、CRT(Cathode-ray tube、陰極線管)と呼ばれる真空管に類する装置です(YouTubeのTubeはこれ由来とされる)。奥に電子ビームを出す部分があり、それを細く収束して表の面に当てます。この面には蛍光物質が塗ってあり、ビームが当たると光ります。このビームを強弱しながら、画面全体をスキャンすれば、平面像が(蛍光物質の残光と人間の目の残像もあって)得られ、これを人間には違和感ない程度の短周期で書き換えれば映像になります。テレビやコンピュータのモニタの場合は図に示すように左上から右に線を書き、短時間で左に戻して少し下がったところにまた線を書き、を下まで続けます。
一方オシロスコープは左から右にビームを動かす間に、入力信号の電圧に応じて上下に振ることで波形が描かれます。ちなみにいまもオシロスコープにある「トリガ」「Auto/Normal」という機能は、このビームを動かし始めるトリガであって(いまは計測基準時刻の意味)、入力信号の条件で決まるのがNormal(通常)、右端まで行ったら自動で左に戻るのがAuto(自動)で、時間軸の設定はどれだけ速くスキャンするか、です(速いほど表示が暗くなる)。また「X-Y」モードは左右方向も入力信号で決めるわけです。
ビームを上下左右に曲げるには磁場または電場を使います(電子がそれぞれから受ける力)。磁場は大きく曲げられる=画面が大きくしやすい代わりに、応答速度があまり高くなく、電場は応答速度が速い代わりにあまり曲がりません。それゆえ、テレビは磁場、オシロは電場が使われ、かつ昔のオシロが、奥行き方向に細長いのは、少ししか曲がらないので画面サイズのためには長さが必要だったことによります。また、ビームを飛ばすのに高電圧が必要なので、分解注意物でした。
さて、テレビの話に戻ります。ビームの強度を変えながら、画面を左上からスキャンし右下に至る間の、時々刻々ビームの強度を直接示すものが当時の映像信号です。単純に電圧の高低が明るさ(輝度)になります。ただし、ただ信号が流れてくるだけでは、「どのタイミングが左上の開始点か」分からないため、輝度信号に垂直同期、水平同期信号というものを埋めて(NTSCだと輝度マイナス方向にパルスが入る)、これを基準にテレビ側は下まで振ったビームを上に戻し、右まで振ったビームを左に戻します。その上下、左右を振る信号は図に示すような鋸歯状波となります。
ここまではモノクロの映像信号の話で、カラーの場合は、これに約3.58MHzのカラーサブキャリアという正弦波信号を重ねています。もとの映像信号は明るさを表していたことに対して、この信号は(a)位相で色合い(色環、画像系ソフトなどでお馴染みの円上に表される色) (b)振幅の大きさで鮮やかさ(振幅ゼロ=灰色、大きいほど鮮やか)を表します。そこから単純な計算でRGBの3原色信号を得て、3本の電子ビームを飛ばして、3色の蛍光体に当てます(独立して当たる理由は「シャドーマスク」で検索)。テレビ放送がモノクロからカラーに切り替わるときに、もともとのモノクロテレビでは3.58MHzは(表現できれば細かい縞になるはずだが)対応できず、カラー信号を入れても「明るさ=グレー」でテレビが映り、対応するカラーテレビだとカラーが映ったので、同じ電波放送でどちらにも対応できていたというすごい上位互換の方法です。ただし、この3.58MHzをどうやって分離するかは技術的に大変で、それゆえ、機器間で映像を送るときに混ぜずに送るものがS端子の信号でした。
さて、この映像信号にはわりと無駄があります。というのも、ビームのスキャンは、右まで行ったら(水平同期で)一瞬で左端に、下まで行ったら(垂直同期で)上に戻らなければなりませんが、それには時間がかかります。それゆえ、ビームが戻る時間には有効な映像信号は入れられず、それを水平帰線区間、垂直帰線区間と言います。水平帰線区間は先ほどのカラー信号の位相の基準を示すためのカラーバーストを入れて使っていますが、垂直帰線区間は垂直同期信号のほかに、そこそこ「空き」があります(水平線で10本分ほど)。というところで、やっと、冒頭の話にもどれるのですが、この映像信号に使っていない空きの部分に幽霊が信号として載ることができるのでは、という話です。さらっと一言流れてきた説ですが、背景技術を知らないと意味の通じない特殊なネタでした。
実際、ここは活用されていて、アナログ時代のデータ放送はここにデータを載せていました(ので、幽霊とデータが干渉するのでは説も)。また、昔あったビデオテープの「コピーガード」の原始的なものは、ここに「良くない信号」を入れます。テレビには影響が(あまり)出ないけれど、ビデオデッキの制御(映像信号をもとにテープへの記録メカの動作などもしている)には悪影響を及ぼす程度の。対するコピーガードキャンセラーと呼ばれている装置では、同期信号をもとに、この妨害信号が埋められるであろう区間を、無難な電圧に差し替えるという原理でした(幽霊も消されるかもしれない)。
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