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ものづくり屋視点による労働衛生の実践 No.9 旧い問題だが、終わってはいない石綿含有材の取扱い

2025.12.17

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 連載もゴールを見通すべきところであるのに、唐突感を覚える標題かもしれない。関係者には準備済のこととは思うが、2026年明けより、工作物(保全対象の諸設備が含まれる)の解体や改修工事に着手する際に、資格者による石綿含有事前調査の義務が発効する。冬期連休工事等の「指差し確認」の意味も兼ねて、特別に触れることにした。

材料としての石綿の使用と有害性認識の変遷

 石綿は行政的にも一般にも「いしわた」と呼ばれるようだが、業界団体である一般社団法人JATI協会の前身である社団法人日本石綿協会は、「・・・せきめん・・・」と称されていた。 その石綿は天然に存在する鉱物であり、人類が使用し始めた歴史は古代文明に遡る。
 古代ローマでは、ランプの芯や火葬の被覆に使用されていたことが発掘で確認されており、中国の周の時代には、西域より献上された「火浣布(かかんぷ)」の記録があるといわれる。これが竹取物語に出てくる「火鼠の皮衣(ひねみずのかわごろも)」の由来らしい。日本では1764年に、平賀源内が秩父産の蛇紋岩(じゃもんがん)より「火浣布」を紡織したとされる。
 工業的な使用は、産業革命以降の19世紀に入ってからとなるが、疫学調査の視点が未成熟であったことや、軍需目的による機密扱いであったことにもより、石綿を定義し有害性が特定されるのは、1978年のWHO(世界保健機関)専門家会議の指摘を待つことになる。
 かつては、天然に産出する繊維状の鉱物の総称であった石綿は、ILO(国際労働機関)石綿条約(1986年)で「石綿とは繊維状けい酸塩鉱物で蛇紋石族造岩鉱物のクリソタイル、及び角閃石族造岩鉱物群のアクチノライト、アモサイト、アンソフィライト、クロシドライト、トレモライト、あるいはそれらを一つ以上含む混合物をいう」と定義された。
 小中学校の頃、理科室に「石綿金網」があったことを思い出す世代もあろう。筆者が1980年代に所属していた分析室の試薬棚に「Asbestos」と書かれていた茶色の小瓶があり、X線回折による分析を試みたのだが、6種類のどれにも該当しなかった。あの小瓶は“古き総称”による表示であったことになるが、ILOの定義は鉱物学的な側面によるものではなく、行政目的による分類なのである(図表―1)。

図表―1 石綿の“ビジュアル”側面
写真はせきめんの素顔,1988,日本石綿協会より

 石綿を吸入することによって生じる疾患は「石綿関連疾患」と呼ばれ、じん肺の一種である石綿肺、肺がん、中皮腫などがある。図表―2に示すが、作業環境管理が不十分だった時代に、高濃度ばく露を受けるのであれば、予防の対象は石綿肺や肺がんであった。その後、管理状態が改善されるにつれて、ばく露濃度は下がるのだが、長期の潜伏期間を経て発症する胸膜中皮腫が着目されることになる。

図表―2 主な石綿関連疾患の石綿ばく露量と潜伏期間1)

 国内では石綿製品の製造と取扱いは、2006年に原則禁止となってはいるが、40年以上におよぶ潜伏期間を持つこの疾病については、未解決といわざるを得ない。図表―3は、石綿輸入量と中皮腫による死亡者数の推移について、日・英の比較を表したものである。両国とも、工業的需要を満たす規模の石綿鉱脈・鉱床を有しておらず、専ら輸入に依存していた。

図表―3 石綿輸入量と中皮腫による死亡者数の推移の日英比較2)

 記録の時代背景として1930年のロンドン軍縮会議がある。これは、関係国間で戦艦等の建造の制約が決められたものだが、主に海軍の軍需物資であった石綿に関する統計がとられていたことによるものか、前後して英・日の値が読み取れる。英国では1960年代に20万トン弱でピークに至り、その50年後に中皮腫による死亡者数が最大となっている。英国より10年~20年遅れて輸入量のピークに達したわが国においては、現在から2030年代にかけて、中皮腫に警戒しなければならない教訓が見て取れる。
 1995年の統計3)によれば、わが国の石綿の使途は約9割が建材、1割が自動車、船舶、工業設備であった。2006年にあらゆる石綿製品の製造は禁止となっているので、現在の石綿ばく露のリスクは、製品生産現場にではなく、建造物解体と工作物の解体・補修の現場にあることを(とくに後者は、保全活動の仲間であろう読者諸氏に)再認識していただきたい。

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