自動車リサイクル業の憂鬱

この連載でも何回か紹介していると思うのだが、精密工学会ライフサイクルエンジニアリング専門委員会(絶賛、会員募集中です。専門委員会などといかめしい名称ですが、ただの勉強会です)で、先日、自動車リサイクル工場の見学に行った。見学自体は大変楽しい、興味深いものだったのだがそこで伺った話がなかなか憂鬱なものだった。
ご存知かと思うが、自動車リサイクル業界は、数あるリサイクル業の中でも最大のもので、廃車を引き取ってきて、解体して、破砕機(シュレッダー)にかけて、そこから、鉄、銅、アルミなど取り出してきてリサイクルし、残りはシュレッダーダストとして燃やすか、埋め立てる。というのが基本の流れで、国内リサイクルのメインの流れとなっている。
憂鬱な原因の第一は、商売のタネの廃車が減っていることである。まず、自動車販売台数が減っている。日本の人口減少は止まらないし、都会の若者は車を買わず、カーシェアリングがすっかり一般的になった。ここまでは皆さん想像がつくだろう。大きいのは、中古車の海外流出が止まらないことである(ただし、外国に規格がない軽自動車はほとんど輸出されないらしい)。
例えば、2019年度には、処理した廃車が約340万台、輸出が約100万台であったのが、2023年度には廃車が約270万台に減って、輸出が約160万台に増えている(https://www.jarc.or.jp/data/index/)。これは世界に名高い「高品質で長寿命な日本車(例えば、アフリカはランクルじゃないととか)」のお陰であって、日本型ものづくりの誇れるところであり、廃車に回すよりも使えるのなら中古車として再使用した方が資源面でもメリットがある。
国内での自動車の平均使用期間は13〜4年であって、諸外国に比べると大分短いし、日本人は丁寧に乗る、近年の円安で日本の中古車が割安になっている。という話はよく聞く話だが、決定的な役割を担っているがオークション業者である。解体業者が今までは逆有償で(つまり、カーオーナーからお金を貰って)引き取っていた廃車がオークションで売れてしまう、走らない車にも値がつくという状況だそうだ。
ここで大きいのは自動車リサイクル券の存在である。多くの人が意識していないが、自動車リサイクル法は前払い方式で、皆さん新車購入時にリサイクル料金(約10,000円)を先払いしており、リサイクル券が車検証と一緒に保管してあるはずである。廃車時には、この10,000円で、フロン、エアバッグ、シュレッダーダストの処理料金が賄われるのだが、中古車を輸出するときには、この10,000円が返還される。つまり、オークションを介して安い中古車を購入する輸出業者にしてみると、この10,000円は儲けとして確約されている訳である。この結果、オークション業者に対抗するためにお金を払って廃車を引き取らざるを得ず、解体業者にとってはコストアップになり、廃車も集まりにくくなる訳である。
もう一つは、この業界の構造問題である。見学に行ったのは、この業界の最大手の一つで、自動車の解体とシュレッダーの両方をやっている珍しい企業だそうであるが、自動車解体業は国内におよそ4,500社あり、年間10,000台以上引き取っている企業が約30、逆に、年間10台以下が10%、10台から1,000台以下が70%超という状況にある。中小企業が沢山あって、今まではそれぞれが細々とやっていけたので、大企業がなかなか出てこないという状況にあった。
近年は経営者の高齢化と人手不足で廃業が相次ぎ、入れ替わりに増えてきたのが違法ヤード業者ということであった。ヤード業者というのは一般に廃掃法や種々のリサイクル法の盲点、グレーゾーンをつく業者で、廃棄物ではなく有価物であるとして使用済み製品を回収、処理して儲けている。ここで言う違法ヤード業者というのは、自動車リサイクル法が規定する適切な許可を持たずに自動車を処理している業者のことで、盗難車の解体処分や、盗難車でなくても違法な解体方法で解体して、部品やスクラップを海外に輸出したりしている。無許可、違法なだけにコストが安く、こういう業者と競争しなければいけない正規の解体業者は苦しくなる。こういった違法ヤード業者は増えつつあって、これを取り締まるのがテクニカルに結構難しい。地方自治体が主体になってやらなければいけないのだが、彼らにもなかなか余力がない。
この連載でも何度も触れているが、廃車のプラスチックをリサイクルして、新車製造に使う時代になってきた。しかし、これが解体業に言わせると大変で、埋め込まれた金属部品や貼り付けられたスポンジ類なんかを全部外して単一素材にしないと引き取って貰えない。手間に比べて儲けが少なくて、人手不足の現在、とても対応できないということであった。
来年4月からは自動車リサイクル・インセンティブ制度というのが始まる。これは、解体業者がプラやガラスを取り外して材料リサイクラーに渡してリサイクルすると、自動車メーカーからお金が貰えるという制度である。ただ、ロジックとしては、自動車リサイクル法の対象であるシュレッダーダストを減らしてくれるからその対価としてインセンティブを払うということなので、シュレッダーダストの処理コストが計算の基礎となるという話である。つまり大した金額ではない。ここが上手く回らないと、自動車のプラリサイクルの根底が定まらないので、前途多難である。
ということをとある小さな研究会で話したら、そんなのは、これまで鉄のリサイクルに旨味があることを前提とした旧態依然とした自動車リサイクル業界が変わらなければいけないだけの話だと一蹴された。確かに、オークション業者だって、ものの価値を適正に値付けする仕組みであるし、自由貿易を前提とすると中古車の輸出は止められないし、企業数はどう考えても多すぎるし、違法ヤード業者の問題など悪い所は正しつつ、自動車リサイクル業界全体が大きく変わるべき時期に来ているのであろう。
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