
青く見える隣の芝は良いチャンス
ここ1ヶ月の間に、ふと「隣の芝が青かったので芝刈りを手伝いに行った」という迷言を口走りました。個人的に気に入ったので、今後の定番ネタにしようかと思っています。
私の特性として、技術・工作は好きな一方で、なにか面白い原案を思いつくことは苦手、という自己評価をしています。我が研究室は玉乗りロボットをはじめ、多彩なロボットメカトロ(ときにはメカニズムや計測処理手法)をつくっていますが、私がネタ元なものはあまりありません。玉乗りも、学生さんが「玉に載ってバランスをするロボットをつくりたい」と謎な希望をもったことが起点です。こうすれば実現できるという技術課題は解決しましたが、それでもなお、学生さんの思いつきがなければ、あれは(少なくともうちでは)誕生していません。例年の卒業研究のテーマも、基本的には学生さんの希望を聞いて、それをどう実現可能な技術にもちこむか、卒業研究としてふさわしい規模にするかという調整をしています。
それゆえ、私が「隣の芝が青く見える」程度はかなり強いのではないかと思います。自分がやっていることよりも、他の方がやっていること・やろうとしていることが面白そうに見え、「自分ならこう実現する」みたいな考えで盛り上がります。もちろん、あくまでその方のアイデアなので、普段は心の内でとめるのですが、すでに既発表のものであれば実際に試みることはあります(学生さんが既知のテーマを希望することも、新規性が無いなど言わずに、むしろ積極的にOKする場合がある)。ましてや、そこに協力要請があれば、面白がってほいほい手伝いにいきます。
普段持っている仕事に上乗せするので、いろいろと厳しくなるのですが、明確な利点もあります。まず第一には面白そうと思って取り組めることですが、「あれこれ考えて工夫する面白さが見える」ことが前提で、何もしなくても解決、あるいは、私でなくとも誰でも解決できそうなことではありません。技術系は工夫を考えることで引き出しが増え、その後のヒントの可能性も増えます。
第二に、しばしば「自分だと生じない課題」が出てくることです。様々な仕様的制約下で開発されている方にとっては日常茶飯事かもしれませんが、方針も含めて裁量の幅が広い自分の仕事の場合は、最初から実現性の高い方法の選択とそれを組み合わせる方針を選びます(たとえば加工法を意識した形状)。分野が異なるとそのような配慮抜きの要望がなされますが、この無茶に対して真剣に向き合うことは、自身の幅を拡げることに繋がります。
他分野からの大型構造物の造形依頼
先日、他分野の先生から「こういうものを3次元プリンタでつくることができるか?」という相談を受けました。大雑把な特徴として、大きな歯車的形状(回転対称の円盤型で等間隔に突起がある)、全体がトラス形状(鉄橋や鉄塔に見られる、細い棒で三角形を成す構造)、かつ回転するそうですが、強度は自重で壊れない程度。プリンタでいろいろ作っていますが、機械部品としての身の詰まったブロック形状が多いことに比べると、随分毛色が異なり、つくったことのない形状です。
「ちょっと試してみます」と即答は避けつつも、そこには青い芝生が見えました。これは面白そう。その日、家に帰ってすぐに3DCADを開いて、「たぶんこれでいける」という形状を設計、プリントして組み立ててみました(職場ではやるべき仕事もあり、工作するとバレバレになるので)。細い棒を1本ずつ組み立てるのは大変な手間なので、なるべく少ない部品数の一括出力で済むようにします。またFDM(樹脂加熱絞り出し型)のプリンタは強度に方向性があるため、棒の方向に強度が出るような設計として、かつ組み立てを差込み式にして。初の形状ですが一発でほぼ思い通りの試作品ができました。それを持って「こんな感じでよければ、できる見込みがあります」と伝えて、正式に引き受けました。
後日、発案元の学生さん含めて詳細の打ち合わせをしてびっくり。円形トラス全体が回る、ではなく、構造の大半は固定で、外周の突起だけが回るそうです(チェーンソーが近い関係性)。機械部品でたとえて言えば、歯の大きな歯車で、全体的に細い棒の組み合わせくらいまで肉抜きして、かつ、歯だけ回ると。マジですかと応えつつも、その裏で方針はできあがっていました。突起の根元の円形フレームを大口径の細いボールベアリングにしようと。市販品は使えませんが、モデルガン用の6mmの樹脂球と自分で設計した部品でボールベアリングを構成した経験はいくつもあったので、可能性は見えていました。「ここが回るのは予想外だったのですが、ちょっと試してみますね」。
ただし、6mmでも大きすぎるので、すぐにAmazonで3mm前後の樹脂球を探して発注し、感触を確かめて、それをもとに原理検証の試作をして、細身のボールベアリングが作れることは確認できました。前述の構造の試作結果や、依頼元の原案図面を元に設計して本試作をしました。可動部の球の入る溝は0.1mmの違いでもガタが感じられるほどの緩さになったり、動きが渋くなったりするため、組み立て結果を見ながら寸法を0.05mm単位で調整します。今のプリンタは、その調整に応えてくれるほどの再現性はあります。
目処が立ったので、試作品を依頼元に提供して、次の段階です。「びっくり・マジですか」はもう一つありました。サイズは複数あったのですが、一番大きいもので直径が500mmを越えるのです。我が家のプリンタは250mm四方まで出せますが、それを越えたら分割が必要です。機械ならネジ止め前提の分割ですが、この形状だとそれをする余裕もなく、これまでほぼ経験の無い、接着前提の組み立てをすることにしました。
一発で出せないサイズは少なくとも3分割になります。そのうえ、なにか設計意図があると思うのですが、突起やトラスの数が9や11、16など様々で単に割り切れず、複数種の分割パーツになりました(最大で固定部5、回転部8分割)。この分割・接着組み立ての結果が、先の可動部の0.1mmの隙間の影響を受けます。そのため、接着部に後で切断除去するジグをつけ、組み立て調整後に接着するなど、大型構造物の建造などで見られる手法を組み入れました。
ここまででクライアントの要請には応えたのですが、メカ屋としては「どう駆動すべきか」も気になり、その部分は依頼外の趣味的に試みています。
このように、私の経験からすると、分野の違うところからの依頼は、外的な駆動力でしばしば自分の枠を拡げてくれます。リソース的には随分持ち出しにはなっていますが、得たものは多く、本件だけで10以上の手法手段の獲得と「使える部品」の認識を得たのでトータルではプラスです。「つくれる」と言える世界が広まったわけです。ただ、2週間にわたり夜な夜な工作し続けるのは大変で、隣の芝が青かったので、芝刈りを手伝いに行ってみたら、思ったより随分広かったのでした。
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